夢の中で…

【夢の中で…】10年以上前に亡くなった税理士師匠と一緒に働いている夢をみる「おおさか総合起業家支援センター」の佐藤です。

 

亡き師匠税理士の夢を定期的に見るように、未だに夜間の近畿大学に勉学に通いながら、深夜にLAWSONの弁当工場で働いていた頃の夢を見ます。

そして定期的に、可愛がってもらった元ヤンキーの工場の社員さんたちに、車で遊びに行く途中の夢も、よく見ます。

実際、大学時代に働いていた社員さんのヤン車に乗せてもらって、遊んでいました。

そうなんです。

わたしは元ヤンキーの社員さん達には、学生時代に面倒をみて頂き良くしてもらいました(笑)

いわゆる貧困家庭で生まれ育っていることもあって、学費を稼ぐ為に働いた職場は、日本人が逃げ出してしまう深夜労働の環境で5年間勤務しました。

当時の職場は、韓国人、中国人、ブラジル人労働者が過半数近く働いている環境。

今でこそ、外国人労働者は珍しくなくなっていますが、20年以上前から過酷な労働環境の職場は外国人労働者頼みでした。

わたし自身は高校3年生の秋に、受験費用が出せないと突如言われて、大学進学を断念。

予備校費用と大学受験費用を稼ぐ為に、深夜労働をしました。

浪人の時から学費と入学試験のお金を稼いでいたこともあり、大学に合格した時には工場の社員さん達が喜んでくれて、泣いてくれた人たちです。

元ヤンキー社員さんたちは両親以上に、わたしが頑張っている姿を見て、知っていた人たちだったので、感動して号泣してくれました。

「佐藤くんは勉強できるねんから、俺らみたいになったらあかんで〜」とよく言われていたのを思い出します。

中学、高校と理系だったこともあり、どちらかといえば、オタクの友人が多かったので、本来ならヤンキー系の人たちとは、中学生の時に喧嘩友達としての付き合いというか、接点がなかった人たちでしたが、一気に仲良くなりました。

5年間、毎日8時間から10時間、一緒にベルトコンベアで仕事をして、時々休暇の時に一緒に遊びました。

当時ブームだったカクテルバーで、度数の高いカクテルの一気飲みで急性アルコール中毒になったり、大流行した格闘ゲームで本気にバトったり、デートコースの下見に男ばかりで夜景を一緒に見に行ったり、ほんまアホなことをいっぱいしましたね。

しかし、いまではいい思い出になっています。

大学や専門学校に行きながら、長期勤務で働いていた学生は当時5名いましたが、結局きちんと卒業して就職出来たのは、わたし一人でした。

それぐらい労働環境は過酷で、大学時代にわたしの紹介で一緒に働いた友人たちの最長勤続は3ヶ月が限界でしたね。

逆に、わたしは当時の近畿大学の授業に絶望感して、何度も大学を辞めようとしたのですが、いろんな方々に止めて頂いて、今日があります。

そして当時、元ヤンキーの社員さんたち以外に、お世話になったのが、韓国人のおば様たちでした。

なんというか。

我が子のように良くしてくださいました。

わたしたちのように貧困家庭にならない為にも、大学は必ず卒業しなさいと、本気で積極してくれました。

その時、本気で叱ってくれた韓国人のおば様たちには、本当に感謝しています。

おば様たちとの出会いがなければ、私は大学を中退して、また違う道を歩んでいたでしょうね。

それぐらい人生は、出会う人で変わっていくことを、勤労学生?に体験して実感しています。

夢の中で、元ヤンキーの社員さんたちと車で遊びに行っている道中、「佐藤くん。もう少し仕事を減らしたほうがいい。働き過ぎや〜。遊ばな〜」と言われたのを、目が覚めた後もハッキリと覚えているのは…

わたし自身が気にするから夢で見るのでしょうが、身体も限界が近付いているのでしょうね。

バランスが崩れて自分に迷いがあるから、昔お世話になった人たちから、夢の中で忠告を受けている実感があります。
何事もバランスが大切。
働きまくって、それで身体を壊したら意味がない。

「仕事も良いけど遊びもね!」と夢の中で言われたような気がしています(笑)

2018年11月27日 | カテゴリー : 起業家スピリッツタグ: ,